返して

 母がとにかく今日からこれを使えと6000円もするノンシリコンシャンプー(洗い上がりは枯草みたいなニオイがする)を持ってきてから何ヵ月が経っただろう。シャンプーの説明書には「まずは3ヶ月使ってみてください」と書いてあった。もう3ヶ月は過ぎたはずだ。「トリートメント要らずで、白髪も生えてこなくなる」とは素晴らしい。しかし私にはその効果が感じられない。それどころか髪は日に日にツヤを失い、黒から茶色に変わり、ギシギシになっていく。今まで伝説の存在だった枝毛を発見して一瞬呼吸が止まった。200円のシャンプーを使っていた頃でさえ、髪のトラブルとは無縁だったのに。
 「サラサラだね」とか「真っ直ぐでいいな」とか、髪については他人からも認めてもらえて嬉しかった。ヘアケアに時間とお金を費やす女性たちを「あらあら、大変ですわね……」と優越感を持って傍観していた。でも今なら分かる。髪は(女の)命なのだ。髪が美しくないと生きていられない。朝起きて髪を梳かすだけで絶望する毎日が自分に訪れるなんて、全く想像できなかった。
 母に軽い感じでシャンプーが合わないことを伝えても流されるだけだったので、真剣に訴えたらぴしゃりとはねつけられた。目の前が真っ暗になるとはこういうことかと実感した。それでも諦められないので、髪だけは私の誇りだったことを泣きそうになりながら伝えた。こういう時、涙を見せれば嘘みたいになる気がして、一生懸命堪えた。しかしながら母に私の本気が伝わった手応えはない。シャンプーさえも自分で選べない成人済女。
 数日前に母が新しいシャンプーを持ってきた。「シリコン入りだけれど、昔から有名なやつだから」と言っていた。母はノンシリコンシャンプーでなければダメだと、私がかつて使っていたシャンプーに文句をつけてきたのに……。それでも、今度はトリートメントも一緒に渡されたし、あの枯草シャンプーよりはマシだろうと期待して使ったが、ますます悲しくなるだけだった。確かにトリートメントのおかげで髪は少しサラサラになった気がするが、毛先はパサパサのままだ。髪を触ると表面にトリートメントの油っぽさが浮いていて、底と言うべきか、芯のような部分はギシギシする。まるでダイソーで売っているポニーテールのつけ毛にトリートメントを塗ったような、ひどい触り心地。そういえば母の髪もこのようであった。母の髪も若い頃はこんなにひどくはなかったが。
 児童館の頃お母さんに髪を結ってもらうとき、「ツルツル滑る髪」と言われた。小4の頃教室でシラミ検査をするとき、菅原先生に「サラサラで気持ちいい髪」と言われた。李奈ちゃんや瑞希ちゃんが私の髪を羨ましいと言ってくれた。今までの彼氏も髪は褒めてくれた。小学生の頃は髪を指にくるくる巻き付けるのが癖だった。今年の春までは暇なときに無意識に指で髪を梳いていた。全部、全部もう過去のこと。私の髪は二度と元には戻らないだろう。